はじめに

愛犬同伴旅行は当たり前の旅行スタイルになりました。
今はどこのリゾートや観光地にも「ペット可」の宿や施設があります。旅行業界において以前は「ペットツーリズムはニッチなマーケット」との認識でしたが、最近では国内マーケットにおける旅行カテゴリーとして強く期待されています。
現在、大手旅行サイトで「ペット同伴」で検索すると全国で約4,200軒の宿がヒットします。サイト掲載宿全体の10%を超える数で、もうニッチな旅行スタイルではないことがわかります。
また、ホテル業界最大の総合展示会「ホテルレストランショー」において、2025年から「ペットツーリズムゾーン」が新設されたことからも、ペット同伴旅行に対しホテル旅行業界がしっかりと認知してきた現れではないでしょうか。
ほんの10年前までは、全国に1,000軒程度しかなく、またその大部分が愛犬家の個人経営だったり、条件が良くない一部の客室だけOKにするなどのものばかりでした。ペットの屋内飼育率が90%以上(都市部ではほぼ100%)、国内全世帯の10%弱がワンちゃんと暮らし、市場規模も2兆円に迫るところまで成長しています。「ワンちゃんがいるから旅行に行けない」「預けるにはお金もかかるし、置いていくのはかわいそう」などと悩む時代ではなくなりました。
ペット同伴ホテルは今後ますます増えると予想されます。これまでは「一緒に泊めてあげる」だけで喜んでいただいていると考えられていましたが、今や顧客満足度(CS)を高めお客様にご満足いただけるサービスを提供できないと選んでいただくことが難しい時代となりました。つまり、「温泉」「グルメ」「観光」など既存の旅行カテゴリー同様「ペットツーリズム」も様々なノウハウがないと生き残れないと考えなくてはなりません。
私は、長年リゾートレジャー事業における開発・M&A・事業再生などに携わってきた経験と、10年間にわたり自らペット同伴ホテルや旅館、カフェ、ドッグshopなどを経営した経験を基に、「これからペット同伴を検討している」「ペット同伴を始めたが手ごたえがない」「ペットツーリズムで地域の観光を活性化したい」と考えている皆様に向けて、本サイトで役立つアドバイスをお伝えしています。
今回は第2章として、「ここのホテルは飼主の気持ちが分かってるなぁ」と思っていただけるオペレーション事例」をご紹介しますが、スタッフさん達にもできるだけ理解しやすくするために、これまで多くのリゾート施設の経営改善に携わってきた中でいつも基本に置いていたキーワード「SSC+U」をペット同伴施設の経営に準えて説明していきます。
S/Smail ~飼い主様と笑顔で会話を。

①ご到着時
飼い主様にとっても同伴するワンちゃんにとっても初めて利用するホテルである場合のテクニカルポイントです。ペットフレンドリーを意識するあまり、すぐにワンちゃんに声をかけ、顔を撫でようとするスタッフをよく見かけますが、これはNGです。慣れない長距離の移動で疲れているのに「ここはどこなんだ?」「この人は誰なんだ?」ワンちゃんは不安でドキドキしています。
エントランスにお客様が到着されたとき、最初はワンちゃんのことは「無視」しましょう。「いらっしゃいませ」と笑顔でお客様にご挨拶し、立ち止まって2~3の会話をします。大切なのはその時のお客様の笑顔です。楽しそうなウキウキした感じ。大声で笑ってもらえれば◎。同伴のワンちゃんはそれをジッと観察しています。「この人はパパの(ママの)お友達なんだ」「であればボク(ワタシ)にも優しいに違いない」と心が溶けていくはずです。
つかみはOK、そのあとちょっと下を見て「あれワンちゃんも一緒にいたんだ」的な感じでしゃがみ込み「こんにちは」と声をかけてみて下さい。ワンちゃんは自然とそのスタッフのほうに鼻先を近づけてくると思います。
②滞在中の注意事項の確認
ペット同伴の場合、通常の施設より高めの料金設定をしていることが多いです。私は良く「プライスはプライド」という話をスタッフにしていました。料金はそのホテルの主張です。その料金以上のサービスを提供する自信があってかつ準備をしていなくてはなりません。そしてその高めの料金を支払う価値をご理解されるお客様は必ずファンになっていただけます。高めの料金を納得してお支払いいただいたお客様を信頼し、信頼していただく関係を作ることが顧客作りであると考えています。
ところでペット同伴ホテルの場合、チェックイン時に「滞在中の注意事項」みたいなタイトルでいくつものNG行為を説明され、同意書とか誓約書にサインをさせるホテルがたくさんあります。
例えば「無駄吠えしたら」とか「粗相してしまったら」とか「お部屋を傷つけたら」とか。お客様を信用していないのか?と私は感じてしまいます。ホテルの設定した料金を信頼してお越しのお客様は、愛犬のしつけにはある程度の自信があり、またマナーも心得ているはずです。「あなたはペットを飼う方の当たり前のマナーができていないかも知れないので、この注意事項をよく読んで、守って下さい」と言っているように見えませんか?これではお客様との信頼関係をこちらから崩しているようにさえ感じます。チェックインの時はお客様と笑顔で会話が弾むようにしたいものです。
③ワクチン接種証明の提示
これもペット同伴ホテルならではですが「ワクチン接種証明書(もしくは非接種証明書)は必ずフロントでご提示ください」というルールがあります。「未接種のワンちゃんは感染リスクが高いので1頭でも泊まっていると不安である」という安全管理の観点からこの提示ルールが一般的になったようです(※私は、接種すると感染リスクが減るというより、感染しても重篤化するリスクが軽減されるのであって、感染はする、と思うのですが)が提示されない場合はお帰りいただく、というホテルもあるようです。
たまたま「忘れてしまった」ということだと思いますので、そのことでお客様の顔はダダ曇りになります。そんな場合は笑顔で「大丈夫ですよ。では、接種された病院と電話番号をいただけますか」「写メありますか」「後日メールでお送りいただけますか」など、エクスキューズはいくらでもあるはずです。滞在中のお客様が常に笑顔でいられるように様々な工夫をすることで、同伴するワンちゃんもウキウキしてくるはずです。
S/Safety ~安全性・居住快適性に配慮する。
①飛び出し防止柵の設置

客室から廊下に出るドアの所にはできれば設けてもらいたい設備のひとつです。2階建て場合の上階の階段、ドッグランの出入口なども2枚扉があると、万が一ワンちゃんが飛び出ても安心です。
②うんちポスト

お車のリアワイパーにレジ袋をぶら下げて来るお客様を良く見かけませんか?お出迎えの時に「お土産頂きますね」と言って、エントランス横に設置した専用ゴミ箱(POOPBOX)に入れてあげましょう。ゴミ箱があちこちの目立つところにあるのもペット同伴ホテルならではの気の利いたサービスです。客室内に置くことは止め、コテージタイプの場合は玄関外とかテラスに、一棟タイプの場合は共用部に置きますが1日数回の確認をしないと臭いがしてききますので注意です。
③ジョウロ
オシッコしたらお水をかけるのは一般的なマナーです。ただ、お客様がお持ちのものはせいぜい500ml程度で臭いが無くなる程度までにはなりません。ホテルの敷地内に水がたっぷり入ったジョウロをあちこちの目立つところに置いてあれば、臭いも残らないようにたくさん水をかけていただけます。
④お掃除道具

抜け毛が多いワンちゃんや吐き癖のある短頭種のワンちゃんと暮らす家庭には掃除道具がすぐ手の届くところに置いてあったりします。飼主様のほうも気管が弱いかたもいらっしゃいます。テレビみながら常にソファーをコロコロしています、なんてお話も良くお聞きします。
普通のホテルであれば「お客に掃除させるのか?」となりますが、粘着ローラー(ソファー用、床用)や掃除機をリビングの見えるところに設置しておくのもペット同伴ならではの心遣いとなります。
C/Clean ~毎日違うワンちゃんが泊まる、ということ。
①マーキングに関する考え方
「ワンちゃんが粗相をしてしまったらきれいに拭き取って下さい」「チェックアウト時にフロントへ申告してください」「汚れてしまったらクリーニング代をご負担いただきます」などなど、ペット同伴ホテルでは良くある案内です。でも、「なんで粗相をしてしまったの?」とワンちゃんに聞いてみると「違うワンちゃんの臭いがあるからだよ」と答えるのだと思います。ホテルはきれいに清掃されていることが前提の商品です。一方ワンちゃんはマーキングが重要なお仕事ですから、前日宿泊した別のワンちゃんのマーキング臭が残っていれば「ここは今日はボク(ワタシ)の家だよ」とマーキングするのは当然です。つまりは、ホテル側の清掃不足によるものだと考えるべきではないでしょうか。もちろん、失敗もあれば「嬉ション」も「驚ション」もありますが、これらの場合はきれいに拭き取りホテルに報告するのは当然の飼主マナーだと私は思いますので、上から目線でお客様に「マナーを教える」ような案内はいかがなものでしょうか。
②客室清掃のコストは概ね3倍
私の経験によるものです。フローリングの場合、床は3回拭き上げます。空気中に浮遊するワンちゃんの毛が落ちるからです。臭いの残る部分のチェックと脱臭作業も念入りに行いますし、アメニティも人用+犬用のセット、また小型犬と大型犬での区別など、清掃チェックシートは普通のホテルに比べ2倍の項目になりました。
③客室の空気環境の改善
ペットの臭い対策として、消臭スプレーの設置と空気清浄機を置けば良い、と考えるホテルが多いようです。しかし、消臭はもとより季節によっては湿気によるカビ対策、花粉対策、細菌・ウイルス対策など、宿泊施設は空気環境そのものをクリーンな状態にするべき努力をするです。
最近では、薬剤を壁や天井に吹付け定着させ光触媒によって空気を改善する技術や、24時間空気を洗ってくれる加工をしたクロスやカーペット、また空気清浄機と違ってフィルター清掃や液剤の補充などがない、空気洗浄機など、コロナウイルスの蔓延を契機にいろいろな技術が製品化され登場してきています。
U/Unique ~競合との差別化。リピート率のアップ。
①チェックイン時のご家族への配慮

これは、ある程度の宿泊費を設定しているホテルで最近力を入れてきた部分です。リゾートホテルのチェックインはそもそもけっこう時間がかかるものですが、ペット同伴の場合はさらにご確認項目が多くなり、代表者がフロントカウンターにお座りの時間は短くても5分、通常は10分以上になります。この間、ワンちゃんはもちろんご家族はただ待っているだけ。お疲れの中、申し訳ない時間となります。
フロント横にソファーやカウンターを設け、ウエルカムドリンク(無料)を提供したり、プレゼントのワンちゃんおやつを部屋置きではなく、10種類くらい用意して選べるようにしたり、様々な工夫が開発されています。人手がかかるサービスなのでちょっと大変ですが「このホテルを選んでよかった」「スタッフと顔見知りになった」などのご評価をいただけることで、再来訪はもとより付帯売上拡大効果が高いものです。
また、旅行の予定を立てる上で必要な情報の提供も大変喜んでいただけます。周辺のペットと入れるお店の場所や営業時間、またそのお店のおススメ商品の情報、イベントや催事のご案内、写真スポットのご紹介など、予めマップにしておいたり、ホテルのSNSに情報をまとめておいたりすると便利でしょう。「ここの名物は●●ですよ」とか「このホテルに泊まって聞いてきた、と言ってもらうと何かサービスしてもらえますよ」なんてところまで準備しておけば、地域でのペットフレンドリーサービスの一体感を感じてもらえるはずです。
②DogShopは武器

物販に力を入れているホテルはまだ少ないです。在庫効率や人件費、何より在庫管理ノウハウや商品知識が不足していることで踏み込まないのだと思います。
地域のお土産は道の駅で買えます。逆にペット用品、特にナショナルブランドや新製品の犬具、ウエア、フード、食器、ケア用品、おもちゃなどを揃えておくことで、滞在中に1回は来店してくれるはずです。都市部ではペットショップはまだ少なく、ましてやナショナルブランド商品は手に取る機会、ましてや試着する機会はあまりありません。ネットで買ってサイズが違ったなんて話は良く聞きます。
スタッフとのコミュニケーションをとる場としてもとても大切な場所となります。ショッピングも旅行の楽しみです。
また、閑散期の宿泊プランとしてshop商品をプレゼントする企画も有効です。宿泊料金の値引きは100%の利益減ですが、商品プレゼントなら仕入れ価格相当で済みます。
③企画のキーワードは「かきのたね」
これも私がスタッフたちに面白い企画を考えてもらう上でヒントとして良く話をしていました。
飼主様たちの心をつかみやすい企画を考える上でのキーワードです。
か=かわいい
き=きれい
の=のんびり
た=楽しい
ね=年季(歴史)
この5つのキーワードを基にして常に新しい企画をたて、DMやホームページやSNSなどで提案していくことで、「また来たい」と思っていただけるきっかけになると思います。
最後に

ペット同伴ホテルのリピーター率は70%くらいに設定します。ワンちゃんは楽しかった思い出や良くしてくれたスタッフは決して忘れません。同伴したペットが満足してくれれば、飼主様もここなら安心、と思っていただけます。ホテルはそのために様々な工夫や努力をしていきますが、競争相手はまだ数千しかありません。つまりペット同伴ホテルは普通のホテルに比べるとリピーターを獲得しやすい形態であるとも言えます。
ペット同伴ホテルの競争は今後厳しくなってくることは確実です。また、インバウンド需要があまり見込めない地域では観光活性化の切り札としてペットツーリズムの誘致に取り組もうとしている自治体が増えてきました。施設単体より地域で様々なサービスを受けられれば、それだけ飼い主様たちにとってのCSの向上に繋がります。
次回予告
次回は、第3章として、ペットツーリズムによる地域観光活性化策~「ワンコネット那須」成功への軌跡。をご紹介します。
どうぞお楽しみ!
●前回の第1章はこちら
【【第1章】専門家が語る|ペット同伴ホテルの経営、その極意と成功のポイントを紹介!!】
執筆者のご紹介
森村晃一

㈱arigato代表取締役
ペットツーリズム事業コンサルタント
森村晃一
30年強にわたってリゾートレジャー事業の開発・M&A・経営再建に携わり、特にペット同伴へのコンバージョンによりいくつもの宿泊施設の再生やリゾート地の観光振興に携わった経験を基に、業界各専門家とのネットワークも活用して、ペット同伴宿泊施設の経営や集客営業、サービスのサポート、関係商品の開発・営業などの支援をしています。
詳しくはホームページをご覧ください。
https://www.arigato-dog.com/
お問い合わせは、Emailで info@arigato-dog.com まで。
執筆:2025年11月

