はじめに
拡大するペットツーリズム市場にどう対応すべきか。

愛犬同伴旅行は当たり前の旅行スタイルになりました。
今はどこのリゾートや観光地にも「ペット可」の宿や施設があります。旅行業界において以前は「ペットツーリズムはニッチなマーケット」との認識でしたが、最近では国内マーケットにおける旅行カテゴリーとして強く期待され、7月に開催された関西ホテルレストランショーではペットツーリズムゾーンが初めて登場しました。
ペット同伴ホテルは今後ますます増えると予想されます。これまでは「一緒に泊めてあげる」だけで喜んでいただけると考えられていましたが、今や顧客満足度(CS)を高めお客様にご満足いただけるサービスを提供できないと選んでいただくことが難しい時代となりました。つまり、「温泉」「グルメ」「観光」など、既存の旅行カテゴリー同様「ペットツーリズム」は利益獲得に向けた様々はノウハウがないと生き残れない時代に入ったと考えなくてはなりません。
筆者は、長年リゾートレジャー事業における開発・M&A・事業再生などに携わってきた経験と、10年間に渡り自らペット同伴ホテルや旅館、カフェ、ドッグshopなどを経営した経験を基に、「これからペット同伴を検討している」「ペット同伴を始めたが手ごたえがない」「ペットツーリズムで地域の観光を活性化したい」と考えている皆様に役立つアドバイスを3回に渡ってご紹介します。
目次
第1章
「ペット同伴ホテルのマネージメントに携わる方々が理解しておくべき事とは」
第2章
「ここのホテルは飼主の気持ちが分かってるなぁ」と思っていただけるオペレーション事例のご紹介。
第3章
ペットツーリズムによる地域観光活性化策~「ワンコネット那須」成功の軌跡。
第1章「ペット同伴ホテルのマネージメントに携わる方々が理解しておくべき事とは」

現在、大手旅行サイトで「ペット同伴」で検索すると全国で約4200軒の宿がヒットします!
サイト掲載宿全体の10%を超える数で、もうニッチな旅行スタイルではないことがわかります。
また、冒頭でも述べたようにホテル業界最大の総合展示会「ホテルレストランショー」において、2025年から「ペットツーリズムゾーン」が新設されたことからも、ペット同伴旅行に対しホテル旅行業界がしっかりと認知してきた現れではないでしょうか。
ペット同伴である前にホテルとしての「当たり前」ができていますか?

ホテルがお客様に提供するサービスのベースとなるものは何でしょうか?
ホテルとは1泊2日以上ご滞在していただき、ゆっくりとお寛ぎいただく場所であることは言うまでもありません。筆者が新たにホテル等の再建に携わる上で先ず確認した事は「安心」「安全」「清潔」「快適」が提供できているか?ということです。ペット同伴ホテルに転換した経緯が、この4つの柱のどれかに不都合があるから、という理由だと語るお宿の経営者の声を良く耳にします。「従業員が集まらないので」、「古くなったので」とか「近隣ホテルとの差別化が特にないので」などの事情から「ペット同伴でなら単価を上げても泊まってもらえる」と甘い考えをしているように感じます。
先ずはホテルとしての当たり前ができていなければ、お客様は二度とお越しになりません。ペットツーリズムはニッチなマーケットではなくなった、と認識されなければなりません。
「ペットファースト」って?

「ペット同伴ホテル」のホームページや記事を見ているとよく「ペットファーストの宿です」とう言葉を目にしますが、皆さんは違和感を覚えませんか?
さらに「ペットの宿」とか「ペットホテル」とか言うお宿もありますが、筆者はこれらを見るたびに「人が泊まるホテルなの?」「人へのサービスは大丈夫なのかな?」と思ってしまいます。
ペット業界の方々は「ペットは家族」とよく言いますが、これを宿泊事業で照らした場合、お泊りいただくのは「飼主様とお連れになる家族(=ペット)」です。つまり、サービス業として顧客満足度(CS)をご評価いただくための対象は先ずは「飼主」であり、「飼主ファースト」であるべきだと筆者は考えています。
「飼主(とその家族)が楽しく笑顔で過ごすことがペットにとっても一番幸せなこと」であるはずです。ワンちゃんは飼主の顔をとても良く見ています。愛犬家のお客様はみなさんその幸福感があるからワンちゃんを大切な家族としてお迎えしているはずです。逆にホテル側がしつこくワンちゃんのほうに関わろうとすると、飼主様の顔が曇っている場面を見ることがあります。
「ペットは家族」であり「子供」ですから、そこを間違わないようにサービスやスタッフ教育を組み立てないとならないと思います。
せっかくの旅行をより良い時間にしていただくために。

「ペットを飼う」「ペットと旅行に行く」にはなかなかの費用と時間がかかることは言うまでもありません。つまり、それなりの生活の余裕としつけ等のマナーを心得ているお客様方であると思います。受け入れる側のホテルは当然お客様を信頼し、それなりの対応と準備をしなければなりません。
ちょっとしたエピソードですが、筆者が初めてペット同伴ホテルの経営に関わった頃の話です。フロントに立ちご来館いただいたお客様へご挨拶していると、あるお客様から
自分は普段は都内のブランドホテルをよく使っているが、ここに来るのは目的が違う。
だから、あなたのように一流ホテルのような所作は必要ないよ。
とご指摘をいただいたことあります。
また別の時の話ですが、新卒の女性スタッフがお客様に一礼してご挨拶をすることを怠り、いきなりしゃがんでご同伴のワンちゃんを撫でながら「こんにちは、かわいいですね。お名前はなんと言うのですか?」とお客様を見上げながらお聞きし、ワンちゃん談義を始めたので、筆者は「早くチェックインをして差し上げなさい」と注意すると「手続きは社長がお願いします」と返されました。普通のホテルなら少しあり得ない状況です。
ところが厳しい顔をしていたのは私だけで、そのお客様も後ろに並ばれていた別のお客様もイライラした様子は見せずに笑顔でその光景を見ていらっしゃったのです。ほのぼのとした空気の中、飼主様とその女性スタッフの談義を聞きながら会話の輪が広がりました。皆様は和んでいらしたのだと思います。ホテルで最も大切な業務である「チェックイン」をこのスタッフが単なる手続きだと考えていたとは問題だと思いますが、ペット同伴ホテルのホスピタリティのあり方を見た思いがしました。

ところでペット同伴ホテルでは「ワクチン接種証明書は必ずフロントでご提示ください」というルールがあります。
これは何の為のルールなのだろう、と疑問に思ったことはありませんか?
ワクチン接種は「その病気に感染しても重篤化しない」ためにするものであり「病原菌を保菌していない」訳ではありません。つまり他のワンちゃんに感染させる可能性はある訳です。
この考察は別の機会にするとして、「ワクチン接種証明書を提示されない場合はお帰り頂く」というホテルがあるとSNSで先日知りました。費用と時間をかけせっかく楽しみして来られたお客様に対して「予約時点の約束=接種証明書の提示を守らないならお泊めできない」というのがそのホテル経営者の説明でした。先ほども述べたとおり、ペット同伴で旅行に来れるお客様は経済的基盤もありマナーもしっかりとされた信頼できる方々だと私は思います。筆者が携わったホテルではお客様に不安感を与えないよう「こうすれば」という代案を予め用意していました。
最後に

ほんの10年前までは、全国に1,000軒程度しかペットと泊まれる宿はなく、またその大部分が愛犬家の個人経営だったり、条件が良くない一部の客室だけOkにするなどのものばかりでした。ペットの屋内飼育率が90%以上(都市部ではほぼ100%)、国内全世帯の10%弱がワンちゃんと暮らし、市場規模も2兆円に迫るところまで成長しています。「ワンちゃんがいるから旅行に行けない」「預けるにはお金もかかるし、置いていくのはかわいそう」などと悩む時代ではありません。
愛犬同伴ホテルの競争は今後厳しくなってくることは確実です。CSの向上はもとよりES(スタッフ満足度)の向上も大切になってきます。
次回予告
次回は、第2章「ここのホテルは飼主の気持ちが分かってるなぁ」と思っていただけるオペレーション事例をご紹介しようと思います。
どうぞお楽しみに!
執筆者のご紹介
森村晃一

㈱arigato代表取締役
ペットツーリズム事業コンサルタント
森村晃一
30年強にわたってリゾートレジャー事業業の開発・M&A・経営再建に携わり、特にペット同伴へのコンバージョンによりいくつもの宿泊施設の再生やリゾート地の観光振興に携わった経験を基に、ペット同伴宿泊施設の経営や集客営業、サービスのサポート、関係商品の開発・営業支援をいたします。
詳しくはホームページをご覧ください。
https://www.arigato-dog.com/
お問い合わせは、Emailで info@arigato-dog.com まで。
執筆:2025年10月

 
 

